口紫
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唇が腫れておるの厭わず口付けろと仰る。けれどもその腫れちゅうのが徒事でない故、思わず知らず肌が粟立って来(く)。 上下に薩摩芋寝転がしたよな太唇で、上っ側や口角にはめきめきと動脈じみた筋が縦横斜め迸る。下側にはそれに加え、小指の爪ほどのおできがふたつ、双生児の如く対称に並んで居って。
夫は四十前の男盛りとでもいう年頃だが、全体的にほっそりとして、顔立は端整、色の白さといったら寧ろ女性的で、それだけにその唇病際立つ。冗談で拵(こさ)えられた合成写真のよに、そこだけ紫にくっきりと浮いておる。
土台の紫部と違っておでき等の表面にじゅくじゅくした様子は見受けられず、寧ろそこ等は焼きたてパイ皮の様、薄白い濁り、触れたらぱりと音立てそな風、実際夫触れたが為に悪化した。
しばし何てことなく過しておったのが、書き物していた夜のこと、ふと魔が差し、鉛筆芯でおできを突付いた。削られたばかりの芯は垂直に触れただけで焼きたてパイ皮をひび入らすに充分であり、想像に違わぬ小気味よい音立ったという。その後は力加えずとも内からもきもき卵孵るよに亀裂入って来、産まれたのは妙にねばとした汁入り混じる血の塊で。…
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