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○スズキ氏の回想1
会社帰り、バスの座席に紙切が挟んであるのを見つける。
●真知子の友人とその許婚1
その子は詩人で、名を岩崎真知子というのだけど、貴方知ってる? 知らないわよね、あたしだって幼なじみでなけりゃ、知らなかったと思うもの。
母親同士、学生時分からの親友でね、だからという訳でもないだろうけど、結婚後も御近所だったから、学校に上がる前から、自然あたしたち友達。中学の終りまでは何をするにも一緒。それから後は学校が離れたから、……彼女はうちの界隈じゃあチョイト名の知れた進学校へ進んでったのよ、あたしは……御存知の通り、松竹梅で言ったら竹の竹もよい所。どうせドの字のマンナカよォ。
で、あたしが短大の家政科にヤットコサ潜り込んだなんて喜んでる所、彼女はあっさり有名私立大学に合格。ところが勿体無い事に、それを中途で止しちゃったのさ……というのも彼女、二十歳前後から引きこもりでね。爾来会うのは専らアチラさんの宅……。
引きこもりというのが、元来の出不精が嵩じたとでも言うのかしら、だから対人恐怖なんかの気は無いらしいの、何より外出の際の、洋服のコーディネート考えたりすんのが億劫になったなんちう言種。
彼女ッたら、そりゃあ美人なんだけど……幼なじみの欲目ばかりじゃないわ、本当よ、大層キレイよ、でもマルッキリ飾り気ちうのが無いんだわ。着る物だけでない、部屋の中にしたって、小奇麗に片付いちゃいるけど、それというのは小物だとか装飾品が全然無いから、詰まる所は殺風景。
でそんな時分、投稿した詩がどっかの雑誌で取り上げられたんですってさァ……名前は忘れたけど、その筋では何だか権威のある、知らぬ者の無い雑誌なんですって。折角出来たモンほっぽっとくのも何だか惜しいから、位の気持で送ってみた所、気に入ってくれた編集さんが居たとか。うん、心の奥底はどうだか知らないけど、特にはしゃぐ様子も鼻に引っ掛けた様子もなく恬淡と言ってたわよ。
渡りに船であるとは言って憚らなかった。丁度学校に行くのなんか面倒になっていたから、詩に専念するという口実で退めやすくなるって。彼女の母親というのもコレマタちと風変りで……イイエ、姿形はサスガ真知子の母親、そりゃあ艶やかだったわよ、参観日なんかではモウひとり勝ちといった風情でねェ、他の同級生たちは大層羨ましがったもんだった……じゃあどこが風変りって、いざ問われると難しいけど……一口に言えば過保護、妙齢の娘つかまえて、幼児にするよな声色声音、マッチャンマッチャンって猫っかわいがり。
かと言って、他人様に自慢話ばかりする訳でもないんだからコレがややっこしい所……どちらかと言えばけなしっぱなし。例えばウチの母親がマッチャンは出来るから、なんて何の気無しに言ってしまったとするでしょう、すると嵐の如く真知子の駄目な所を列挙し出すのよ、イヤイヤこの子ったら、どうしようも無いのよ引っ込み思案だし、字は下手だし、不器用だし、いつでも呆っとしておって、家の事は何も手伝わず、仏頂面して本ばかり読んでいる根暗、将来が危ぶまれる……なぞとココぞとばかりコキオロス。
あの凄まじさは、ケンソンなんて言葉じゃ片付けられない。この人、娘のアラ捜しが趣味なんじゃあないかって、子供心にも疑えちゃう位なのよ……。
そういうのを繰返し傍で聞いておった所為なのか、もともと素養があって母親が見抜いておったのか、そこまではわからなんだけれど、そうでもなかった所までが、母親の言う通りになってって……。
でも少なくとも母親が、その真知子の駄目な所ちうのを、何だか嬉しそうにアゲツラッテおったのは確か……。まるでそうであって欲しいって感じでね。恐らくそうなんだわ。あんたは駄目ねェ、駄目ね、あたしが居ないと、ってな歪んだ可愛がり方じゃなかったかと思われる……。
そんな調子だから、マ、手放しで喜びゃあしなかったろうけど……仕方ないわねェ、あんたって子は、ヤッパリ、などチョイト小言を言う位で、真知子にしてみりゃトントン拍子といった具合で大学中退の運びになったんじゃないかしら。
……ウウン、暗いとかじゃないのよ。一言ではとても言い尽せないわ。もともと明るいとか元気とかいう言葉には程遠く、覇気が無いっちゃあ無い、けどべらぼうに陰気なのとはチト趣が違うのよ。
学生の時なんか、29歳のクリスマスはあたしたちキットふたりで過しましょ、なんて約束したものよ……ホホホ、当時チョイトと流行ったじゃないのさ、そんなテレビドラマが……。ええ、今となっちゃあそんな約束、あたしにとったって恥だァね……あたしには子供じみた、真知子にとっては俗っぽすぎる思い出。
……そうね、あの頃にゃあ随分遠い未来の事であったけど、もう数年先まで迫って来てるのねェ……、何言ってんのよ、貴方と過すに決ってるわよ。過すも何もその頃はモウあたしたち、トックに一つ屋根の下じゃないさ。ふふ……アアそうよね、離婚していなければの話だけどね。
そうそう、俗っぽいとかそういうことなのよ。何がってさっきの、明るい暗いの話。彼女大人になるというより、どんどん浮世離れしていってる風なのよ。あたしに接する態度なんかは昔とそう変りゃしないわ。だけれどたまに、何か喋りながら目がぼんやりなっていたりする。焦点が合っていないような感じ。自分の言葉言った端から反芻しているような。それでいてまるきり話す事柄に関心がないような。
でも何せ詩人ですから。いつでもぴんとくる言葉なぞ探すよう心がけているのかもしれない。それが傍目には、異様に呆けた形相と映るのやもしれぬ。
○スズキ氏の回想2
四つ折にされてた紙切開いてみたら、キレイとは言えないが丁寧さ伺える文字で次の文章が記されていた。
貴方がもしも×年×月×日13時、お手隙でありましたら、下記の住所
まで、小ぶりで、甘そうな桃を、5・6個届けて下さいませんでしょうか。
それほど大した額ではありませんが、謝礼の用意あります。御親切な貴方、
お見えになってくれることを、切に、切に願っております。
×市×番地 岩崎真知子
「霧雨ダンス・ホール」「腹上の花」同時収録。ご注文は
●真知子の友人とその許婚2
そうそう、でこっからが本題なんだけど、この前その真知子の家に行ったら誰が居たと思う? 営業三課のスズキ氏……そうよ、あのちょっと前出し抜けに辞表出した人。その後どうしてるかなんて噂にものぼらないじゃない。あたしも親しい方じゃなかったからすっかり忘れてたけど、それが久々行った幼なじみの家に居候しているっていうんですもの。驚きだわよ。
ええ、あんまりビックリしたから思わず話しかけちゃったわよ。でもアチラさんに特別慌てたり騒いだりする様子はなかったわね。逆に堂々としたもんで。会社に居った頃あたしが抱いていたイメージとは少し感じが違ったわ。よく知らないのにこう言うのもなんだけど……どことなし出世だとかに縁遠い、ショボクレた、ウダツの上がらぬ中年って気がしていたわ……。え、その通り? 車の運転も下手だし? いいじゃない別にそんなの、あたしだってペーパー・ドライバーだわよ……ま、不動産営業で車が無いとなると、そりゃあちょっと使えない社員なんだろうけどねェ……。
じゃキット辞めてよかったのね。とにかくまァ、あの自信なさ気な雰囲気はスッカリ払拭されていた感じだもの。○○不動産に居たスズキさんですか、て訊いたら、そうですけど、貴女は、ああ、アア事務の、なんてハキハキ答えて。顔つきだってきりっとして若返っていたようよ、まともから見たら、男盛りの年頃の、存外にイイ男ぶり……アラ馬鹿、何を妬くことがあんのよ。ただ、面喰ったマンマのこっちの方がしどもどしちゃったって事を言いたい訳よあたしは。
うん、で、今はその真知子の付き人のようなことをしているって言ってたわよ。でも詩人の付き人って一体何をするのかしら……アラやだそんな、いやらしい……。まァでもそうなのかもしれないわよねェ。だとしたって別に構やしないけど。幼なじみだからって、色恋沙汰にまで口出しする権利はないわ。
心配は心配よ。スズキ氏が何考えてるんだかよくわからないし。彼女少し前まで母親と……先の話の、チョイト風変りちう……母親と、二人暮しだったんだけど、ええ、父親は小学生の頃に亡くなったのよ、あたしお葬式行ったの覚えてるわ。一人っ子だから、爾来母親と二人きり暮してきたのだけど、そのお母さんも実は半年前位亡くなってしまってねェ。今じゃ天涯孤独の身よ。だからあたし、なるべく親身になってやろうとは思ってるんだけど。でもいっくら甘やかされて育ったからって、いい加減分別はつく年でしょう。スズキ氏の事にしたって、自分で選んで雇った訳だしねェ。彼が無理やり居座ってるってェ訳じゃないんだもの……。
でも彼女が弱っているのにつけこんで、財産でも狙ってるなら話は別よ。そうとなったらあたし黙っちゃいない。せめて一言なりとも彼女に忠告するわ。そんなあざとい奴はおよしなさいって。でもまあ大丈夫と思うんだけど。ほんと彼氏、お手伝いさんに徹している風だったからね。何しろエプロンつけてお茶出してくれる位だから。そう、だからきっと付き人というより家政夫なのだわ。下心があるような奴を見抜けないほど彼女も馬鹿ではない筈だし。
財産? うん、そんな詳しいことはわかんないわよ……でも相当あるんじゃないかしら……。そうじゃなきゃ詩人なんてやってられないでしょうこの御時世で。父親? 知らないわよ、サラリーマンじゃない……母親は働いてなかったわよ、お父さんの死後も……ああもうしつっこいわね、他人の家の事情をそう根掘り葉掘り訊くもんじゃないわよイヤラシイ、ううん、ウン……じゃあここだけの話よ、彼女のお父さん、どうやら交通事故で亡くなったらしいのよ。車に轢かれたらしいのね。それでおおよそ察しがつくでしょう。いろいろ差引いたって、よほど派手な振舞いしなきゃあ、暮しには困らないんじゃない……。
ところで貴方会いたい? スズキ氏に……。呑みに行ったことがある? え、入社したての頃に彼氏から仕事を教わったですって……。知らなかったわ。あたし貴方の方が先輩かと思っていた……ウウン違うわよ、怒んないでよ、アアタが老けてるって意味じゃないのよ……あたしあの人、中途採用かと思っていたのよ。だからチットモ契約が取れないのかと……ウンウン、確かに貴方はヤリ手だわ。じゃスズキ氏なんかスグに追い抜いてしまったという訳だったのね……。
じゃ、呑みに行ったっつうのも、その初めの頃の事なの……フウン、あたしが入社するずっと前の話ね。誘ってきた割に何も話さない? 変った人だわね。それでずっと黙ってたの? ああ、貴方ひとりでよく喋るものね。それでアチラさんはむっつり押し黙ったまま? 相槌打ってるだけ。フウン……? じゃ特別会いたいって事もなさそうね。
え、でも会いたい? 何で。話の種になる? うん……ま、怒りゃしないだろうけどさ、誰だって、会いたかったって言われれば。でも何だか……貴方ひやかしめいた態度とりそうで……物珍し気にじろじろ見たりだとか、突っ込んだ話に持ち込むだとか・・・・・・だって念押しとかないとやりそうなんだもの貴方・・・・・その場の空気くらい読めるって? そりゃそうしてもらわなきゃ。何せ貴方、半年後にはお父さんなんですもの、いつまでもお調子者ってだけじゃあ困ります。
まあ一度真知子に会ってもらおうかなとも思ってた所だし……だから大丈夫、ひどく陰気な訳じゃないんだから。うん、ウン、じゃあ今度の休みにでも。
○スズキ氏の回想3
指定された日時に訪ねると、扉開けたのは中年の女で。と、一口に中年と言っても侮るなかれ。見る者を眩ますような素晴らしい白肌、それは水水として滴でも滴りそう、切れ長の目ばかりでなく全身きゅっと吊上がった印象は、凡そ長い髪をひっつめ髪にしておる所為、だが、もしかつむじの辺りで余分な皮一括り括ったのだと言われたら……アチラさん冗談のつもりでも、道理で、と頷いてしまうやも知れぬ。
現に目の前に居るのは洋装だが、そのタッタ今の今まで人の生血を啜っておったかのような赤々とした唇と同色の、和服姿をつい想見。
「あらまあどうも。スズキさんって仰るの……アラやだ違いますほほほ。私は母親ですわ。真知子、真知子」
一見険のある、真夜中の花といった風情の妖美人であったのが、口を開けば存外に気さくそうで。
と、音もなく階段おりてきた袖無しのワンピース姿これこそが真知子、ほっと息をついたのも束の間、またぞろ同じ位の美に当てられるとなると、これはもう殆ど脅威と言えて。
別嬪は言うまでもないが、母親とはまた違った目鼻立ちで、こちらはくりくりと愛らしい印象である。が、鴾色寄りの白肌は受け継いでいるし、何所となし、ぱっと見の母親のと同じ不健全な色香をも湛えている。
肩の上で潔く断髪したおかっぱ、楚々と笑う様は優婉、しかしその実、艶やかな黒髪に紛らし、飯食わぬ女房さながら……人面疽でも隠し持っていそうな、けんのん、けんのんな気配がある。
さ、どうぞ二階へ……と動いた手弱女の唇に慄く。どうという言葉ではないのに何故にギックリさせられたか。紅さした如き艶々となった唇が余りに形よく整っておったので……お人形さんが出し抜けに喋り出したかのような、違和感を覚えさせられた由。
断髪の娘に連れられて、何だか夢の中にて雲を踏むようなふわふわした心持で階段上がる。と、部屋に入るなり、アチラさん俄然ソワソワし出し、顔つきはまるで迷子のそれ。
とやがて、どうにもじっとして居難いと言わんばかり、独楽の如くのきりきり舞い。髪の漆黒緋の唇、鬱金の裳裾に朧白、卍巴と視界を飛交い。挙句の果てに目ェ回し、私の腰にプルプルむしゃぶりつく始末。
「あ、あの例の、あの」
ひゅうひゅう喉を鳴らしている。
「そうです、そうです、バスの中で置手紙を拝見しました」
「ハ、早ク、早ク」
鞄から取り出した桃、渡す間もなくひったくられ、面喰って見ていると、ビニルや包装もどかし気に剥ぎ取り、手が汚れるのもお構いなし、皮も遮二無二剥いてがっつき出した。
もの言わぬ空間で、響くのは真知子の桃を咀嚼する音ばかり、きれいな唇指や顎、桃のかすと汁とにまみれゆく様そうしてそんな事ァまるで気にも留めぬといった風情一心不乱に桃食う女、さすがに後頭部に口、ではないものの、じわじわとした恐れを覚えさせられ。
かといって目を背ける訳でなく、寧ろ見ていたいと思う、あんまり無心にかっこんでいると下品な印象を与えないものだと知る、否それはこの女が為か。恐ろしくとも怪しくとも、美しさ半減して見えることはない。何をどうしようと美を際立たす化粧。それは本人が望む望まないに関らず、自然の道理みたように為される生まれながらの性質であろう。
つまりは、訳わからずおぞっとさせられながらも見とれざるを得なかった、得体の知れぬ美女の、無邪気な、大いなる食いぶりに。……
小説又は注文フォオムからどうぞ
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