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蜥蜴

(全10ページ中始めの3ページ分表示)

表紙

 夜中に女房またぞろ寝床這い出す。面妖そこはかとなし。台所にてごそごそ、後頭部に口有りて飯を喰らう、はたまた油嘗める、若しくは人形を愛でるか……とある夜(よ)到頭、ドキドキ隙見すると、お豆電気のみの照明(あかり)の中、チンマリと背ェ丸めうずくまって居る。
 怪談で間々あろうが、実際己が妻がそうのような面妖な振舞、目の当りにすると相当に怖い、しかし彼女は飯食わぬ女房ヤ化猫ヤ人でなしヤではなかった、然りとて不気味でない事はなかった、妻は床下の収納に大蜥蜴を匿って居った。
 一瞬何だかわからない程に巨大なのである、妻の腕に抱かれて、ぴちゃぴちゃ生肉を喰らっておった、鰐ほどの体長であるが顔つきがより愚鈍そうなのである、とにかく何にしろ爬虫類が大の苦手の私はそれとわかると悲鳴を上げた、釣られて妻も叫んだ、彼奴はするりと穴蔵に滑り落つた、
「アナタ、すっかり寝入ったと思ったのに」
「ナニ、何を怨み言のように言う、文句を言いたいのは此方だ、イ一体今のは何だ、化物だ、蜥蜴のお化けだ、お前は化物に餌をくれてやったのか、馬鹿か手前は」
「アラひどい……可愛いんだから」
 と場違いにしなを作る妻。
「阿呆だ、キミはキ、気狂イだ、何考えておるんだ」
「先日、庭をのっしのっしと歩いておったの見つけたの……。野放しにしといたら車に轢かれちゃうかもしれない、それにこんなに大きいの珍しいでしょう、どっか大学にでも連れてかれて、研究材料にでもされたらカワイソウでしょう、それに、ソレニ、何より、とても可愛いらしいじゃないさ、だから……」
「だから何だ」
「飼いたいの……」

 昨夜は殴ってやろうかと思った、否、本当は昨夜だけでない、近頃妻の顔を見るや虫酸が走り顔面を殴りつけたくなる、その矢先にあの化物である、モウもう辛抱たまらん。
 妻夏子とは会社の同期で、何となくつきあい出し、何となく結婚した。何事にもナントナク接する女で、その加減が自分のとよく似ていた故気に入った。無論何となく。夏子が己を同じ程度に気に入って居ったのも手にとるようにわかった。
 何となく、といっても適当という訳でない、与えられた仕事なんぞは無難にこなす、しかしそれに情熱や嫌悪を示したりしないという事だ。心の針がよっぽどでない限りプラスにもマイナスにもなびかぬゼロ指す静止状態であるという事だ。
 しかし妻は子供産んでから変ってしまった……、否、結婚後気付いた事だが、我々は同じゼロでも、もともと少しタイプが違うようだった。私の場合、その状態を最良とし、敢えて自ら選んだのであるが、妻はならざるを得なかったという感じがする、というのも彼女は少しおかしい、ある時、大抵つまらなそうな顔をしている妻がやたらニヤニヤしておったので、興味ソソラレ訊ねた所、
「明日の買出しの際、いかにして車の邪魔になるよう自転車を走らすかシュミレェションしておったのヨ」と訳のわからぬ返答、
「車って、どの車だい」
「どのって事はないんだわ、どの車だってよいわ。こっちは必死にこいでんのに車はラクチンで、そのくせ速いから腹が立つんだわ。だから今日も、狭い道のど真ン中をワザトのろのろ走ってやったわ。避けると見せかけ又キュッと戻ったりね。あの運転手ったら、さぞや肝を冷やした事でしょうネェ、ウフ、ウフフ……」
 とさも小気味よさ気に笑う。
 恐らく妻の心は動かさないのでなく動かないのだ、たまに動いても普通人にはチョット心得難い、余りにチンケな訳による。
 私は妻の血筋に気がふれたのが居たのではないかと疑い始め、その疑念日に日に強まる。妻の言動の端々から感ずるに、又、息子の顔を見る度に。…


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