このブログではじめて真正面から反出生主義を取り上げたのは恐らくこの記事。
この記事の公開日を見たら2016年でした。今から約8年前のこと。
その後も似たようなことを結構書きました。
8年前は「人間ってこれ以上増えなくていいのでは」と書くのって、結構勇気が要ったのですよ。
反出生主義という言葉は全くといっていいほど世の中に浸透しておらず、皆様なんだかんだと不満を抱えつつも、生命の(特に人間の)誕生は喜ぶべきものという前提は動かしてはいけない雰囲気があった。気がする。
しかしこの8年の間に、ネットで反出生主義の文字を目にすることが明らかに増えました。最近はそうでもないですが、少し前にプチブームがあった気がします。雑誌やネットテレビで特集が組まれたりだとか。
それに日本の出生数はだだ下がりました。今調べたら2016年の出生数は97万6979人、2023年の出生数は過去最少75万8631人だそうです。
人間って別にこれ以上増えなくてもいいんじゃないか、といっていた私ですら、この数字にはちょっと不安を覚えました。
8年前に記事を書いていた頃は、「まあそうはいっても、大体の人間がこんな言い分をきく訳はなく、どうせ人間はこれからもじゃんじゃん増えるんだろう。日本の少子化といったって、どうせある程度の数はキープして落ち着くんだろう」くらいに考えていたのですよ。
それがまあ、こんなことになるとは。
いや、反出生主義が世に浸透したといっている訳ではないのですよ。8年前に比べれば知っている人は格段に増えたと思いますが、まだまだ一般的に浸透しているとはいえないでしょう。
しかし反出生主義を知らなくても、「あれ、人生って、結構面倒くさいことが多いし、幸せなことばっかりじゃないな……。生まれれば幸せなこともあるけど、生まれないならそれはそれで幸せなのかも……」とうすうす気付く人が増えているのかもしれません。
で、あまのじゃくな私としては、こんなにぐんぐん減ってるならやっぱり増やさなきゃ!――とはならず、いまだに半分くらい反出生主義ですね。上のどこかの記事でも書きましたが、半分くらいチャイルドフリーという感じです。
で今の世の中なら、こういった感じの歌詞を書けば共感してくれる人がたくさんいるのでは!? と歌を作って歌ってみましたが、
どの曲もさっぱり鳴かず飛ばず……。
まあでも、いいたいことがいえてすっきりしました。ブログでもさんざん書いたようなことですが、歌詞の場合言葉少なめに書かないとなので、よりダイレクトに書けた気がします(あまりにもダイレクトでちょっとキツくないかと思いつつも……まあ聴いている人も少ないしいっか、という感じ)。
8年前からいいたいことはほぼ変わっていなくて、
子供に100%の幸せを与えられないなら生まない方がいいのでは
みたいなことですね。
こういうことをいうと、「100%の幸せなんて与えられる訳がない」とかいう人がいそうですが、ほんとそうなんですよ。
人生で一回も不幸な目に遭わない人なんかきっといないでしょう。最終的には老いて死にますし。
だから生まない方がいいんじゃないかという話です。ベネターさんも同じようなことをいっていますね。
善良な人々は、自分の子どもを苦しみから逃れさせるためにどんなことでもするわけだが、(中略)自分の子どもの苦しみ全てを防ぐのに保証された一つの(そして唯一の)方法は、そもそもまず第一に、その子どもを存在するようにしないことである
デイヴィッド・ベネター『生まれてこないほうが良かった』
あと親側もめんどいことが増えますし。
人間が減っても、今後はその分AIだとかロボットだとかが補ってくれる……はず(願望)。
――ってこう書くとホント自分って成長していないんだなあと思いますね。もういい大人なんですがね。
でも昔だったら「もう大人なんだからこうしないと」という意識を持っている方が多かった――というか、無理にでもそういう社会の風潮に合わせないと、という感じがあったと思うんですが、今は多様性が尊重されて、割と個人個人が好き勝手にしていても許されるようになったのかなと。
もちろんそれによる弊害もあるのでしょうが、概ね「いい時代になった」といっていいのではないでしょうか。
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tag 反出生主義